純情エゴイスト
□心と体
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目が覚めた弘樹は、ゆっくりと体を起こす。
目の前には殺風景な自分の部屋があり、それは昨日と何ら変わりがない。
だが、野分がいるのだ。
野分が帰ってきたのだ。
ついこの間の弘樹なら、嬉しさで飛び上がりそうな感じだが、今は会いたい気持ちと逃げ出したい気持ちが混ざり合って、釈然としない。
そして、野分と顔を会わせても、何を話せばいいのか、どんな顔をすればいいのか…わからないのだ。
声を出せば呼べる距離に、手を伸ばせば届く位置にいるはずなのに…野分を遠く感じる。
弘樹はぐっと拳を握りしめると、布団から起き上がった。
ふらつく足取りで寝室から出てリビングへと向かう。
そろりとリビングへ入ると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってきた。
その香りに誘われてキッチンに行くと野分が朝食をつくっていた。
弘樹が来た事に気付いたのか、野分は振り返り笑顔で挨拶をしてきた。
「あ、ヒロさん!おはようございます。もう少しでご飯出来るんでちょっと待ってて下さい。あ、今日はコーヒーじゃなくてココアにして下さいね。」
にこやかな笑顔に、ぎこちなく頷いて野分に言われた通り、ココアを持って席につく。
(なんなんだ…)
野分の普段通りの対応に弘樹は呆然ボウゼンとしてしまう。
魚の骨が喉に引っ掛かったように、どこか違和感がある。
それは見えないが、確かに痛みを伴って存在を主張している。
弘樹はせっかく用意したココアに手をつける事なく、気付けば野分の用意した温かい料理が並んでいた。
「ヒロさん、どうかしました?」
ご飯を盛り、席に着いた野分が問う。
(どうかしましたって…)
さっきまで沈んでいた気持ちに、沸々と何かが煮え立つ。
「別に…」
ぼそりと呟いて、ご飯に手をつける。
久しぶりに食べた温かいご飯は、大変食欲をそそるものだったが、3分の1も食べれずに弘樹は箸を置いた。
「美味しくなかったですか?」
野分の悲しそうな顔に必死で首をふる。
そんな弘樹に野分は苦笑して、頬を優しく撫でる。
「お昼は、もう少し食べて下さいね」
その優しい言葉を拒絶するように、弘樹は頬を撫でる手を叩き落とす。
「なん、で…?」
込み上げるのは怒りで、口を開けば自分の意志とは関係なしに言葉が飛び出す。
「なんで、優しくするんだよ!!」
怒鳴り散らした瞬間、怒りの根元がストンと胸に落ちる。
「なんでいつも通りなんだよっ俺は浮気したんだぞ!もっと怒れよ!!なんで俺を攻めないんだよ……俺は、お前意外のやつに、」
怒鳴って叫んで、涙ぐみながら、拳を握りしめて震える声で言葉を紡ぐと、それは野分によって遮られた。
野分の手が弘樹の肩を痛いほどに掴む。
弘樹が顔を上げると、そこには見た事もない程に冷たい目をした野分がいた。
「俺が怒ってないとでも思ってるんですか?」
声は低く、抑揚がない。
底冷えするような恐怖が弘樹の背中をかけ上がる。
「今にも腸が煮えくり返りそうですよ?この唇も…胸も、前も、後ろの、ここだって…」
言葉を野分の片手が追う。
親指で唇をなぞり、服の上から胸の乳輪を撫でる。
そのまま脇腹をなぞりながら、性器を優しく包み軽く手の中で布ごしに転がす。
そして、手を後ろに進め、指で肛門をなぞる。
「俺じゃない他のやつが触っただなんて俺は許さない。」
決して声が荒々しい訳でも、怒鳴っている訳でもないのに、変な威圧感に弘樹はただただ縮み上がるだけだ。
「でもね、ヒロさん。俺、ヒロさんの事が好きなんです。すっごく大切なんです。だから、俺の中にあるこの気持ちのままヒロさんに触れると傷つけそうで…壊しそうで……怖いんです。いつも通りを装わないと、俺はヒロさんになにをするか分からない。」
弘樹は野分を見つめていた目を大きく開いてから、俯く。
野分は苦しそうに笑うと、弘樹から手を離し、一歩後ろに下がろうとする。
だが、それを弘樹の手が阻む。
野分の手首を掴んで引き留める。
「………、セヨ…」
「ヒロ、さん…?」
「壊せばいいだろ!!好きならっ・・壊していいから…。じゃないと、俺…どうすればいいかわかんねぇよ。」